カスタマーエクスペリエンス(CX)は進化しています。その背景には、顧客の期待の変化だけでなく、運用面での制約という問題があります。多くの企業は、リソースを増やすことなく複雑化するサービスニーズに対応しなければならないという共通の課題に直面しています。従来の業務手法を根本的に見直さなければ、この課題は解決できません。

人工知能(AI)は、この変革において重要な役割を果たします。しかし、すべての AI が同じ価値を提供し、同じレベルの効率で機能するわけでもありません。従来のシステムの多くは、静的な自動化を重視し、あらかじめ決められたスクリプトに沿って動作します。そのため業務の一部を自動化できても、変化の激しい環境では柔軟に対応できないことがあります。

今、コストを抑えながら、パーソナライズされたサービスの提供を拡大したいと考える企業に向けて、新世代のカスタマーエクスペリエンス(CX) 向け AI が登場しています。

エージェント型 AI は、次世代のエクスペリエンスを実現するための鍵となる技術です。ビジネスの目的に整合させながら、目標を追求し、文脈に沿った意思決定を行い、現実の状況に適応できるシステムを導入できます。完全な自立運用はまだ限られていますが、半自律的なユースケースを導入することで、 CX の改善・向上につながる効果が期待できます。

エージェント型 AI の価値を最大限に引き出すには、その活用によって実現できることを理解し、導入に必要な要素や準備を把握することが重要です。そして、どのように構築を始めれば良いかを明確にすることで、実践的な取り組みをスムーズに進めるための第一歩を踏み出せます。

目次

 

エージェント型AIの5つの特徴

真の意味でエージェント型 AI と呼べるシステムは、以下の5つの特性を備えています。

  •     自律性:シナリオごとに詳細な指示を必要とせず、自ら判断して行動できる。
  •     目的志向:問題解決や取引の完了など、明確な成果を目指して行動する。
  •     適応性:新しい情報に合わせてリアルタイムに対応し、応答を継続的に最適化する。
  •     記憶:過去のやりとりから学習し、その知識を現在の対応に活かすことで、一貫性のある応答が可能になる。
  •     推論:特に事前に定義されていない状況でも選択肢を評価し、目的達成のために最適な行動を計画・実行する。

これらの機能の組み合わせにより、AI は定型的な自動化を超え、真のエージェントとして機能できるようになります。従来のボットが意思決定ツリーや固定スクリプトに依存するのに対し、エージェント型システムは、予測不能なインタラクションにおいても、状況を判断し、ユーザーの意図を読み取り、最適な対応を導き出すことができます。

しかし、多くのエージェント型 AI を利用した実際のアプリケーションは、限定的な自律性のもとで動作しています。仮想エージェントは、購入後の問い合わせ対応や、モバイルアプリのエラーの診断など、特定のタスクに柔軟に対応することができる一方で、エスカレーションのルールや意思決定の範囲は、AI エージェントが逸脱しないよう制御されています。このように、安全な領域内で限定的な自由を与えるハイブリッド型の運用により、企業はリスクを抑えながら、エージェント型 AI の短期的な効果を得ることができます。

バーチャルエージェントを完全に自由に動作させないのはなぜでしょうか?AI システムに完全に創造的な自律性を持たせすぎると、一見単純に見えるタスクでも、意図しない対応や判断、結果につながる可能性があります。

例えば、大手銀行が顧客の本人確認にエージェント型AIの音声ボットを使用しているケースを考えてみましょう。登録されている正しいセキュリティーワードが「ボストン」であるにもかかわらず、ユーザーが「マサチューセッツ」と答えた場合、AI エージェントが誤ってそれを「十分近い」と誤認し、不正アクセスを許してしまうリスクがあります。エージェント型 AI はまだすべての場面で完全な自律的判断を任せられる段階には至っていないかもしれませんが、それは人間のカスタマーサービスのオペレーターでも同様です。カスタマーサービスの現場では、オペレーターであっても一定の判断範囲に制限が設けられています。

オペレーターは、発信者が「十分正解に近い」情報を提供したとしても(そして信頼できる人柄であっても)、パスワードが正確に一致しなければアクセスを許可してはならないと厳しくトレーニングされています。

スクリプトフローからアダプティブインタラクションへ

従来のカスタマーエクスペリエンス(CX) における自動化は、主に効率性を重視しており、単純な課題を解決や処理時間の短縮、対応件数の削減を目的としていました。しかし、実際の顧客との会話が予測通りに進むとはか限りません。顧客は回答を訂正したり、話題を変えたり、説明を求めたりする場面では、効率性だけでは柔軟な対応はできません。

これはルールベースのボットがうまく機能しない典型的なケースです。想定外の入力があった場合、対話の流れが途切れ、顧客体験に支障をきたすことがあります。その結果、解決できるはずの内容でも不要なエスカレーションが発生し、対応効率や顧客満足度の低下につながります。

エージェント型 AI は、このような予測不能なインタラクションでも柔軟に対応できるのが特徴です。会話の途中での修正や追加の新しい情報にも柔軟に対応し、軌道修正しながら解決へ導くことができます。そのため、柔軟で途切れない顧客体験が実現し、信頼性の高い成果を期待できます。本当に必要な場合を除き、オペレーターへの引き継ぎも必要もありません。

ボットに完全な自由を与えるのではなく、かといって過度に制限することも避けるべきです。特定のタスクの性質に適した柔軟性を持たせることが重要です。テクノロジーをうまく活用するには、こうしたバランスを理解し設計することが不可欠です。

口座間で資金移動や法的な免責事項の対応には、厳密で確立されたフローが必要になります。しかし、アカウントのロック解除のトラブルシューティングや、サービスの問い合わせに関する背景データの収集には、高い自律性と柔軟性を備えたエージェント型 AI の活用が効果的です。

エージェント型AIがCXで注目される理由

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エージェント型 AI は、CX における最大の課題を解決する可能性があります。

サービスの量が増加し、デジタルチャネル間のインタラクションが断片化するに伴い、企業はフローを中断することなく適応できるシステムを必要としています。エージェント型 AI は、以下の方法で効果を発揮します。

  • 常時アクティブのパーソナライズドサービスが各状況に適応し、顧客が同じことを繰り返し説明する必要がない。
  • 顧客からの問い合わせが届く前に問題や次のステップを特定し、プロアクティブなエンゲージメントをサポートできる。
  • スクリプト化された形だけの共感ではなく、インテリジェントな応答能力で、ロイヤルティと顧客維持を促進する。
  • オペレーターの効率性を向上させる。AI が定型業務や適度に複雑なインタラクションを引き受けることで、優れた人材が重要な業務に集中できる。

これらのメリットは望ましいだけではなく、不可欠となりつつあります。現代のカスタマージャーニーは直線的に進むことはほとんどありません。複数のチャネル間で非同期的に展開され、消費者は各段階で「チャネルレス」の継続性を期待しています。こうした要求に応えるには、ニュアンスを処理し、文脈に合わせて柔軟に変化し、シームレスな体験を大規模に提供できるシステムが必要です。これが、エージェント型 AI がもたらす真の価値です。

エージェント型AI導入への準備

エージェント型 AI の導入は、スイッチを切り替えるような単純な作業ではありません。成功できるかはシステムの設計、統合、ガバナンスの方法を根本的に見直す必要があります。相互接続されたエコシステムの構築次第であり、データや構造、監視機能を整えることで、AI を確実かつセキュアに動作できるかにかかっています。

エージェント型AIの導入において最初に求められるのが、堅牢で整備されたデータインフラストラクチャーです。こうしたシステムは、インタラクション履歴や行動シグナル、運用状況へのリアルタイムなアクセスを前提としています。もしシステム間でデータが断片化されると、AI の応答精度や文脈理解に支障が生じ、

対応する能力が損なわれます。クリーンで統合されたデータ環境の整備は、継続性と関連性のある体験を提供するための条件となります。

同様に重要なのが、柔軟に構成できるモジュール型のテクノロジースタックです。エージェント型 AI は、CRM ソリューション、請求、スケジューリングなどの複数の業務システムと連携しながら、状況やニーズの変化に合わせて適応する必要があります。API ファーストの設計やワークフローオーケストレーションといった柔軟なアーキテクチャーにより、エコシステム全体を再設計することなく、新しいユースケースに対応することが可能になります。

エージェント型 AI の活用には、誰もが利用できるように整備されたナレッジも必要とします。最も高度なシステムでも、信頼できる情報源が無ければ正確な対応はできません。ナレッジベースを適切に更新・保守することで、AI はタスクを通じて学習・推論し、一貫性を維持しながら多様なシナリオに正確に対応することができます。

最後に重要なのは、ガバナンスは後から追加するのではなく、あらかじめ組み込んでおく必要があります。セキュリティー、プライバシー、説明能力、コンプライアンスといった要素は、システムの基盤として設計に組み込んでおきます。安全策としてAI 対応可能な範囲や、人へエスカレーションするタイミング、企業のポリシー、ブランドボイスの反映、そして進化する規制との整合方法を明確に定義する必要があります。

これらの機能を組み合わせることで、信頼を維持しながらビジネス成果を支える、持続可能で拡張性の高い AI の自律性の基盤が構築されます。

自律性に伴う課題への対応

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繰り返しになりますが、システムの自律性が高くなるほど、制御を維持することが重要になります。単なる技術的な安全策ではなく、戦略的なリスク管理の要でもあります。

そのため、これらのツールを導入する企業は、境界を定義する必要があります。エージェント型 AI を導入すべき領域はどこか?どこで人の判断が必要なのか?意思決定のプロセスをどのように監視・管理するか?そして、これらの決定をユーザー、規制当局、社内関係者に対してどのように説明するか、までを設計することが求められます。

AI LLM  のバイアス傾向も、継続的な懸念事項です。現実世界のデータでトレーニングされたシステムは、現実世界の不公平を反映するリスクがあります。意図しない結果を防ぐには、継続的なテスト、フィードバックプロセス、ヒューマン・イン・ザ・ループ・レビュー体制が必要です。

統合は、エージェント型AIの効果を最大化する一方で、システムの複雑化を生む要因にもなります。エージェント型 AI が実際に価値を発揮するためには、請求プラットフォーム、CRM システム、スケジューリングシステム、物流アプリケーションなどと連携し、業務の一部として機能する必要があります。こうした接続がなければ、AI 活用のメリットは表面的なものに留まる可能性があります。

しかし、これらの課題を理由に、エージェント型 AI の導入をためらう必要はありません。むしろ、AI の限界と可能性を十分に理解し、今できるは範囲で活用するとともに、長期的な視点で成長させていくことが重要です。

エージェント型AIを今すぐ導入する方法

エージェント型 AI を導入するにあたり、大がかりな取り組みは必要ありません。まず適切なユースケースを見極め、段階的な取り組みを通じて成果を積み重ねることが大切です。以下の4つのステップが、導入を円滑に進めるための指針となります。

  1. 準備状況の評価と目標の明確化:現在のシステムで不足しているか、そして AI ベースの適応によって改善できる領域を把握します。データアクセス、ワークフローの柔軟性、ガバナンス上の課題名確にし、導入目的を定義します。
  2. 焦点を絞ったパイロットユースケースの選択:低リスクで価値の高いシナリオを選択します。例えば、購入後のフォロー、障害発生時のプロアクティブな通知、緊急度の低い問い合わせ対応に仮想エージェントを使用することなどが有効です。
  3. フィードバックループの構築:実際の状況から学習できるシステムを選択します。解決率や顧客の感情、手動対応によるオーバーライドやエスカレーションを可視化し、そのデータを元にエクスペリエンスを改善します。こうした継続的な改善とAIの活用により、顧客満足度の向上につながります
  4. 目的に応じた拡張:導入したモデルでの効果が確認できた領域では、適用範囲を広げていきます。すべての場面で完全自律を目指すのではなく、業務内や対象タスクの性質や関連する利害関係に応じてエージェント型機能の効果を調整します。

持続可能なCX戦略の構築に向けて

エージェント型 AI は、単一の機能やツールではなく、今後のCXを支える明確な方向性です。複雑さを処理し、多くの価値を提供し、チャネルや文脈を切り替えながら流動的に動作する CX システムを設計する方法です。単に最新のモデルを導入すればよいわけではなく、AI が安全かつ一貫性を持って賢明な判断を下せるよう、信頼性の高い適切な基盤を構築する必要があります。

だからこそ、今こそが行動のタイミングです。現在設計されているCXシステムは、今後 10 年にわたる顧客体験の土台となります。まずは焦点を絞り、確かな判断で導入を進めることが企業にとって重要です。その結果、安全性、コンプライアンス、信頼性のバランスを保ちながら、早期にAIのメリットを得ることができます。

Genesys Cloud は、企業が安定した基盤に明るい未来を構築できるよう支援しています。オーケストレーション、ガードレール、モジュラー設計をプラットフォームの中心に据えた Genesys Cloud のエージェント型 AI 機能は、各企業のニーズに合わせ柔軟に進化します。コンセプトを検討している段階から、パイロットの拡張フェーズにある場合でも、企業の明確な意図を尊重しながら、着実な前進をサポートいたします。

今や、AI の活用は自動化からエージェント型へと進化しています。今こそ適切な基盤を整えることで、時代に遅れないだけでなく、CXの一歩先を行くことができます。

Genesys Cloud AI Studio および AI Guides  では、カスタマーエクスペリエンスを向上し、将来のユースケースに対応可能なシステム構築の方法をご紹介しています。ぜひご覧ください。